狙われた 学園祭?
                 〜789女子高生シリーズ

          *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
           789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 重厚なまでに古風な学舎には、さも色々な不思議がひそんでいそうに見えなくもなく。とはいえ、白昼の学舎にて突然に降りかかったそれは。単なる“不思議”で片付けていいような代物とも思えぬ、どこか意味深で鮮烈な事態であったといえるだろう。

  舞台となったは、
  名門としても名高い、都内の某女学園 高等部学舎内。
  時は、父兄とOGへの優待日としていた2日目の昼下がり。

 模擬店の権利を引き当てたことから、紛れもないお嬢様たちによるメイド喫茶なるものを開店中の二年某組では。女学園で最も人気のある我らが三人娘もまた、濃色ビロウドの裾の長いワンピースに純白のフリルつきエプロンを重ね、レースの立ったカチューシャを髪に飾りという、それはそれは愛らしいメイド姿に扮し。零れんばかりの愛らしい笑みを浮かべては、

 『いらっしゃいま……お帰りなさいませ、ご主人様vv』

 引っ切りなしに詰め掛ける来客たちへ、惜しみない愛想を振り撒いており。ついつい言い間違えるのも、地は本物にして生粋のお嬢様なんだから仕方がなかろと。むしろありゃりゃんと赤くなるのが愛らしいなんて、思わぬ効果を呼んでいたほど。

 「お嬢様と言っても、
  アタシらそんなにお高く止まってはないクチなんですのにね。」
 「つか、私なんてお嬢様ですらないですし。」

 あらあら、十代二十代の女の子はみんな、どっかのお宅の“お嬢様”ですことよ、ヘイさん。そんな風に言うのが、さらっさらな金髪をし、白磁の頬に淡い霞を滲ませてる、夢見るような青い眸の美少女と来ては、

 “仰有る通りでございますとしか、言えなくなるってもんだよね。”

 と、苦笑をこぼす ひなげしさんだったりもするのだが。そんな彼女とて、実のところは世界に名だたる工学博士の孫娘。そんな身分が知れたなら、外務省経由で某国からの依頼を受けたSPから“要人扱い”されるは必至という、やっぱりやんごとなき令嬢なのには違いなく。身の上のみならず、こちらさんもまた、よくよく手入れされた赤毛もきれいな、そりゃあキュートで愛くるしい女の子と来て。ご来店なさったお客様方は、まずはご注文も忘れて彼女らへ見入ることに1分以上かかってしまうほど。そんな一方では、

 「…………。(…お帰り)」
 「はいっ。ただいまです、紅バラ様vv」

 のっけから違うだろうとツッこむ人もいないやり取りになっている、珍妙な接客が異色なメイド、もとえ…ワックスで金の綿毛を軽く後ろへと流した、オールバックもどきという珍しい髪形をご披露している、執事もどきの久蔵殿で。くどいようだが、別段“男装趣味”があるワケじゃない。むしろ、彼女もまたお年頃の少女の倣いで、今年は微妙にレトロなニットのポンチョが可愛いよねなんて、流行のいで立ちを好むほう。ただまあ、どっちかといやマニッシュで闊達な、パンツルックやレギンスがお好きかな?というタイプなので。七郎次や平八が着せられている、いかにもなメイドの衣装よりは、タックの多い堅苦しいデザインではあれど、深みある漆黒でまとめたトラウザータイプのスラックスにベスト、純白のシャツに棒タイという男性執事の恰好の方が随分と気が楽なのだとか。

 「でも、本来ならば、
  だから“接客の文言を省略していい”って理屈には、
  ならないんですけれどもね。」

 「それでもまあ、
  愛想は振らなくてもいいんじゃありませんか?」

 今時には“ツンデレ”を押し出したメイド喫茶もあるそうだけれど、女学園の模擬店でそこまでコアなものをやってどうするか……じゃあなくて。こちら様もけぶるような金の髪をし、少々釣り上がり気味の切れ長な双眸を据えた、鋭角で冴えた美貌と、バレエで鍛えたしなやかな痩躯という均整のとれた肢体をした久蔵は。その寡黙で落ち着いた風情や目ヂカラの強さから、日頃のセーラー服姿のときでさえ、男装の麗人扱いの憧れを向けられることがしばしばであり。そんなお姉様が待望の男装をしてくれているだけでもう、照れと不慣れさからのぶっきらぼうな態度や、もうもういっそ何も言わずの視線だけでの接客でも構いませんとする子の多いこと多いこと。

 「土佐犬さえ平伏させる女王様ですし♪」
 「………。(こらこら)」
 「それじゃあアタシらは猛獣使いかって言われたのを忘れたか。」

 脱線しない。
(苦笑) そんな綺麗どころが、銘陶のティーセットにて選り抜きの薫り高いお茶と絶品ケーキを運んでくださるとあって。父兄やOGのみならず、在校生にまで凄まじい人気の喫茶店となってしまったのは言うに及ばずであり。裏方担当も決して慣れてはないお嬢様ばかりで当たっているのだが、

 「あらあら大変、
  ケーキがあと僅かになってしまったわ。」
 「大丈夫ですわ。
  ただちょっと待っててくださいませね。
  ウチへ連絡して追加を持って来させます。」
 「ウィンナコーヒーにはホイップが付き物ですわよね。」
 「あら、先程からコーヒーのいい香りがすると思ったら。」
 「ええ。お客様の中にコーヒーをご所望の方がおいででしたので、
  ウチの乳母に言って自慢のブルーマウンテンを届けてもらいましたの。
  さあ美月さん、頑張ってホイップを続けて。」
 「はい、お嬢様。」

 ……ついには部外者にあたろう調理人まで引っ張り込んでいる辺りが、さぁすがお嬢様ズ。
(おいおい) それでもさすがに、いつまでも居座る客などは出ずだったので、お昼時を過ぎたころには一旦客足も落ち着いたため。それでは順番に休憩を取りましょうということとなり、

 「あ、ヘイさん?」
 「ちょっと展示物を見て来ます。」

 一緒にどこかの空き教室でお弁当をとのお声をかけた七郎次へ、もう駆け出しながらという大慌て、そんなお返事を残して素早く去ってたひなげしさんだったのだが。

 「……ヘイさん? どうしましたか?」

 どこで落ち合うという場所の指定もまだだったのでと、行き違うよりはマシかと思ったらしい七郎次が遅ればせながら駆けつけた来賓室までの通廊は。やはりそういう時間帯だということか、人影はなくのガランとしており。そんな奥向きの一角に座り込んでいた“メイドさん”を見つけて、おーいという声を掛けかかったものの…何だか様子がおかしいことに気がついた。長いスカートをぱふりと半ば広げた格好で、冷たいだろう床の上へ力なく座り込んでおり、七郎次が掛けた声へも反応が薄い。傍まで近づいてみて判ったのだが、さっきまでの元気元気だった彼女とはまるで別人のような沈みようであり、そんな彼女が見やったままでいる方向へと自分も視線を向けて見た白百合さんが、

 「…………………え?」

 やはり顔色を失うまでに、そうそう時間が掛からなかったのは。そこにあったのが何とも毒々しい代物だったから。どちらかといや端っこに当たろう位置に据えられてあったそれは、平八がこの夏に仕上げたという風景画。学園内の聖堂前から見やった景色という印象派風に色彩主体で描かれた20号の油絵が架かっていて。盛夏の緑が広がるその向こうには池があり、それを挟んだ大向こうの通りの建物の並びが描かれていた作品…のはずが、

 「な、何ですか、これ。」

 真っ赤な色にての飛沫を浴びて、さながら誰かがその前で切りつけられでもしたかのような、血まみれにも似た凄惨な姿にされていたものだから。さしもの平八であれ、衝撃を受けて座り込みもしたのだろうし、七郎次とて息が止まるかというほども驚いた。本人は大したことはないと言っていたが、それでも20号といや結構な大きさの作品だし、その上、こっそりと渾身の出来でもあったらしく。もう1枚の“学園の聖堂”の絵よりもこっちを気に入っていたのに、向こうがお廊下の真ん中に飾られたのが少々不満そうだったほど。それだのに、その絵がこんな有り様になろうとは。

 「………あ。」

 自身の驚きもあったが、それよりも。へたり込むばかりな平八に、どう声を掛けてやればと戸惑っていたらしい七郎次の、その耳へと届いたのが誰かの足音。それにてハッとし、あと数歩という間合いを詰めて平八の傍らへと駆け寄ると、

 「ヘイさん、ともかく絵を外そう。」
 「…シチさん?」

 衝撃が去らぬか、呆然としているお友達へ、気持ちは判るがという苦しげなお顔をし、

 「誰か来る。こんな様子を見られたら、たちまち大騒ぎになっちゃうよ?」
 「あ…はいっ。」

 そこへ“おさすが、元さむらい”と持って来ていいものかだが、何がどうという言及も要らないままに身体へのスイッチが入った彼女ではあるらしく。支えられるようにして立ち上がり、壁に架けられた絵へ向かう。片や、誰の足音なのかと、来賓や職員用の玄関の間口の幅を含めての長々した廊下の向こうを、じいと見やっていた七郎次だったが。渡り廊下の役も果たしていての、接する部屋はなく窓の多いその明るさの中をやって来たのが、スマートな痩躯に張り付くような、黒装束をした…久蔵だと判るとホッとする。彼女らがいた教室のほうからではなかったための想定外なこと。よって、警戒心丸出しで伺ってしまった白百合さんだったのでもあり、いくら久蔵でもそうまで伝わるはずはなかったものの。何だか様子がおかしいというのはそれでも気づいたか、途中から足早になって駆けつける様は、なかなかに頼もしく見えて。

 「シチ。」
 「久蔵殿、」

 しっ、と。素早く口許へ人差し指を立てた七郎次だったのへ、掛けかけていた声を途切れさせ、そのまま彼女が見やったほうを久蔵も見やったが。

 「……………っ」

 一瞥しただけで、尋常ではない事態らしいと察したのはなかなかの冴えっぷり。まだ衝撃が去らないか、微妙に覚束ない手で額を外そうとしている平八の側へと、機敏な足取りで向かうと、痛々しいほどの赤にまみれた絵を間近に見やった彼女だったが、

 「………。」
 「え? あ、きゅ、久蔵殿?」

 いつやられた仕打ちかは判らぬが、まだ揮発性の匂いがすることといい、朝一番の確認では何ともなかったはずだったことから、ほんのさっき掛けられた絵の具だろう。だっていうのに、そのぬらぬらと濡れたところへ手を伸ばした彼女であり。綺麗な白い手が汚れると、止めかかった平八の制止の声も間に合わなんだものの、

 「乾いている。」
 「え?」

 一番大きい溜まりの真ん中に、揃えた指先を押し付けた久蔵だったが、離した指先は綺麗なまま。それにそういえば額縁の下縁も全く汚れてはない。もう一度久蔵が触ってみ、くっつけたままの指をかすかに上下へ動かせば、赤い汚れも同じように動いたので。これは、

 「ラップ、でしょうか。ビニールかな。
  赤い汚れを描いたシートで絵を覆ってるだけみたいです。」

 「はぁあ?」

 何ですか、そりゃと。今度は七郎次までもが、気が抜けたようなお声を出して戸惑ったのは言うまでもなく。そんな彼女とは逆で、こちらはやっと気を取り直したらしき平八が、手際よく外した額縁からは、裏を返すとやはり、キャンバスだけを悪趣味な塗装をした透明なシートでくるまれているらしいのが伺えて。何とも妙な真似をされている自分の作品を見下ろしている横顔へ、

 「まあ、ともかく。」

 このまま飾っておけないのには違いなく。周囲を見回した七郎次が、二人へこっちと手招きした先にあったのは、昨日もお世話になった広い広い貴賓室だった。







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